この夏、新感覚の菓子「結(ゆい)」が誕生しました。GOOD NATURE STATIONのパティスリーブランド「RAU」と、京菓子の老舗「有職菓子御調進所老松」(以下、老松)がコラボレーション。軽い口当たりの老松の麩焼き煎餅を、RAUこだわりの上質なチョコレートでコーティングしました。実は、この「結」が世に出るきっかけとなったのは、今年世界を襲ったコロナ禍でした。その誕生の物語を、老松当主の太田達さん[以下、太田(達)]、副店主の植村健士さん[以下、植村]、そして太田侑馬[以下、太田(侑)]さんに、ジャーナル編集部・中久保が聞きました。
コロナ禍がもたらしたピンチ
老松当主の太田達さん
中久保:GOOD NATURE STATION、「RAU」は、開業前から老松さんとお付き合いをさせていただいていますが、今回のコラボレーションはどのような経緯で生まれたのでしょうか。
太田(達):2019年夏、GOOD NATURE STATIONを運営するビオスタイルの髙原社長(当時)が「京都を学びたい」と、私が理事をしている有斐斎弘道館にこられました。お話をうかがい、私もGOOD NATURE STATIONのコンセプトなどにとても共感を覚えました。それで、RAUのパティシエの3人と有斐斎弘道館が、“研究会”という形で交流をするようになったんです。
そして、このコロナ禍です。老松は、毎年2月から公開される北野天満宮梅苑の茶店で「菅公梅(かんこうばい)」という麩焼き煎餅を提供させていただいています。ですが、今年は新型コロナウイルスを考慮して、夜間のライトアップが中止に。例年何万人も訪れる行事ですから、その分を見越して麩焼き煎餅の用意をしていました。提供できなかったお菓子をなんとかしなければと、RAUの皆さんに相談したのが、このコラボレーションの出発点だったんです。
先人も取り入れていた、和と洋の融合
太田さんは、数々の茶会を催してきた茶人でもある
中久保:和菓子と洋菓子、正反対のようにも感じますが、コラボレーションするのに違和感などはなかったのでしょうか。
太田(達):全然違うものではないと思います。洋菓子と和菓子、そうやって区別する言葉ができたのは明治時代に西洋菓子が入ってきてからでしょう。私たちがつくっている茶席の菓子が生まれたのは16世紀。日本は西洋と出会って、菓子の世界でも卵を使い始め、すごく菓子の幅が広がったのです。ほかにも干菓子で使う有平糖、これも西洋のものです。「和漢この境を紛らかす」(※)と茶道では言いますが、「和洋の境を紛らかす」ことも、早くからやってきたこと。ですから何の抵抗もないですよ。
完成した「結」を手に。このラインの入れ方が素晴らしいと絶賛
中久保:RAUのパティシエたちは、研究会でお茶や和歌について学んだそうですね。
太田(達):茶会を催したり、和歌をテーマに菓子をつくったりしていただきました。茶会は“一席一菓”。一つの茶席に、一つの菓子を構築します。そのとき和歌は重要な要素なんです。私たちは菓子に銘をつけて、お客さまにまずは耳から食べてもらいます。銘は、形や色などそのものズバリでつけるのではありません。銘で食べて、頭の中でいろいろと想像をしてもらう。そこに京菓子の面白さがあります。こういったことを洋菓子の職人が経験することは、彼らが京都で菓子をつくっていくうえで、きっと大きな糧となるでしょう。
※「和漢の境を紛らかす」……室町時代の茶人・村田珠光の言葉。和(日本のもの)と漢(唐物=中国のもの)との融合を説いた言葉
職人として、本質的な思想は同じ
老松副店主の植村健士さん(向かって左)と太田侑馬さん(右)
中久保:麩焼き煎餅にチョコレートコーティングをすることには、現場の職人としてどのように感じましたか?
植村:第一印象はありがたい、ということ。当主の太田から、RAUのみなさんのチョコレートに対してのこだわりは聞いていましたので、RAUの“魂”のようなチョコレートを私たちの煎餅に使ってくださることには、感謝の気持ちしかありません。
太田(侑):そうですね。感謝と、自分たちがつくった菓子がどうなるんだろうというワクワク感でいっぱいでした。
中久保:和菓子と洋菓子、ジャンルは違えど同じ菓子職人同士、共通する部分も?
植村:今回の菓子の保存の方法を冷蔵にするか、冷凍にするか検討したことがありました。冷凍のほうが保存性、生産性もあげられて商売的に良いのは明らか。けれども油脂の関係でちょっと味が落ちてしまうんです。私はそれを聞いて、「私なら美味しい方を食べたい。自分が食べておいしいものこそ、お客さまが食べておいしいと思う」と、思わず口に出してしまいました。冷静に考えると、この商品の出発点からすれば、冷凍を考えて当然の状況なんです。でもそこでRAUの方は「そうですよね」と即答。冷蔵保存が決まりました。これが鳥肌立つぐらいに嬉しかった。麩焼き煎餅にチョコレートをかけただけではない、両者の想いが詰まった菓子になると実感しました。
植村さんが実感したのは、美味しさを優先するのは、職人として同じだったということ
太田(侑):和菓子であろうと、洋菓子であろうと、本質は一緒なんですね。原点は、人に届けるということ。日持ちと美味しさ、どっちをとるかというと、お客さまは両方求めるかもしれない。じゃあ職人はどっちをとるのか。それを食べた瞬間のお客さまの笑顔をとるんだと思います。答えは決まっていたんです。
スタートラインに立ったばかり
中久保:コロナ禍の影響で起こった困難を乗り越えて生まれた「結」ですが、この取り組みを振り返ってみて、いかがでしたか?
太田(侑):最近になって、サステナブルというような言葉で表現されるようになりましが、私たち和菓子屋はずっと前からサステナブルです(笑)。 無駄にせず、全てを使い切ること、そして地域を大切にすることは、常日頃、菓子職人が持っている想いなんです。今回の麩焼き煎餅のことも、思いがけないことがあってどうしようかと困っているときに、協力していただいて、新しい商品として皆さんの前に出すことができました。このコラボレーションがなければ、廃棄するしかなかった。人との縁、つながりがこの菓子を生かしてくれたんです。この取り組みがここで終わりではなくて、これからもっと面白いことをしていく、そのスタートラインだと僕は思っています。
今後の展開が楽しみと太田(侑)さん
麩焼き煎餅の上品な味わいを引き立てるように、中米コスタリカ産カカオの濃厚な風味が口の中で溶け合う「結」。その土台には、「モノを無駄にしない」「食べた人が笑顔になるように」という、職人たちの想いがありました。
販売は、GOOD NATURE STATION オンラインショップにて、10月1日より行います。老松のオンラインショップでは、既に販売中です。ぜひ、和洋が融合した新しい味わいをお試しください。