新しい試みでありながら、原点回帰でもある
中久保:「勧進『新〈淇〉劇』」、さまざまなジャンルの方々が出演された珍しい舞台でしたね。
濱崎:一つの舞台に、能楽師や落語家、花士など、さまざまな方が出演した、まったく新しい演劇です。能楽師の林宗一郎さんを中心とした実行委員会が発足して、大変な議論をしてつくりあげました。実は伝統芸能の世界では、普段はこういったコラボレーションはしません。でも、もともと中世には、お能をする人、お茶をする人と分かれておらず、お能の人がお茶をすることもありました。ですから根っこではつながり合っているんです。私はそこに関心があり、伝えたいと思っています。今回、協力してくれた演者たちは、そういった真意を分かっておられるうえでの出演だったと思います。
「勧進『新〈淇〉劇』」のワンシーン 提供:弘道館
中久保:公演の反響はいかでしたか?
濱崎:公演を見てくださった方からは、「江戸時代に負けていない」という言葉もいただきました。皆川淇園の弘道館に学者や芸術家など多ジャンルにわたる人が集って、いろいろなものを生みだした江戸時代です。その言葉をいただいて感動しましたし、その通りだと思いました。今の時代の人たち、過去に集った人たち、みんなが弘道館を必要としている。この場所、時間を共にする、ここを育んでいくことを必要としている、そう実感しました。
芸能とは、祈り。今こそ文化が必要
中久保:文化は、このコロナ禍で大変な苦境に立たされています。
濱崎:慎重にならざるを得ない。それは確かですが、こういうときこそ文化だと、私は信じています。人は食べ物を得ないと生きていけません。明日食べられるか、来年食べられるかわからない。だからそれを祈る。そういうなかで芸能が育まれてきました。芸能は祈りのもの。そこから展開して今の芸能やエンターテインメント、芸術があるということです。その原点に戻る時なのではないかと思っています。今回のコロナ禍は、そういったことを考える機会でもあったと思います。
中久保―「勧進『新〈淇〉劇』」には、未来への視線も感じられました。
濱崎―劇の最後に“未来神”が登場しました。これについては、最後の最後まで、実行委員会で議論白熱(笑)。連日夜中まで話し合われたんですよ。能は基本的に過去と現在のお話が主で、未来のお話は出てきません。名称はもちろん、役割、物語の中の整合性、分かりやすさ、普遍的な捉え方。いろいろなことを考えたうえで、最終的に“未来神”となりました。そのおかげで、弘道館の建物が残っていくのが必然だった、弘道館に未来はあるんだと、見ている人たちが実感できる舞台になったのではないでしょうか。どこにも確かな未来はありません。未来を信じること。それこそ、忘れていた芸能の力ではないでしょうか。これは、今回の勧進『新〈淇〉劇』で、私が得た大きな収穫でした。
「勧進『新〈淇〉劇』」に登場した“未来神” 提供:弘道館
人が集い、芸能を楽しむ、広場が四条河原町に
中久保:そして7月4日には、GOOD NATURE STATIONで弘道館の講座「能あそび」の特別公演をしていただき、4階で能が繰り広げられました。始まった瞬間、会場が能舞台のような凛とした空気になって驚きました。
濱崎:疫病退散の祈りを込めて、演目は祇園祭にもゆかりがある「小鍛冶」としました。能は能楽堂だけでするものと思われている方もおられるかもしれませんが、もともと屋外の仮設舞台で演じられていました。GOOD NATURE STATIONで開催したことで、今まで触れたことのない方々にも能をお楽しみいただける機会になったと思います。そもそも四条河原というのは人が集まって芸能がなされてきた場所。歴史的にそういう場所性があるので、必然なんですよ。時代によって風景は変わっていますが、人が集まり、芸能を楽しむ広場が、四条河原町に再び現れたのは本当に喜ばしいことだと思います。
芸能に込めた先人たちの祈りや想い。GOOD NATURE STATIONの「能あそび」で、能を間近で観た方には、そのエネルギーを肌で感じていただけたのではないでしょうか。伝統を大切にする文化発信の「ステーション」として、GOOD NATURE STATIONも、あり続けたいと思います。
有斐斎弘道館
京都市上京区上長者町通新町東入ル元土御門町524-1