桜、もみじ、松…GOOD NATURE HOTEL KYOTOの客室を彩る花と木々

桜、もみじ、松…GOOD NATURE HOTEL KYOTOの客室を彩る花と木々

桜、もみじ、松。GOOD NATURE HOTEL KYOTOの各室の壁には、花や木の絵が描かれています。日本画の優美で奥ゆかしい華やかさをたたえた植物たちは、そこで過ごす人たちの心を和ませてくれることでしょう。これらの絵はすべて京都・宇治に住む絵師の福井安紀(さだのり)さんによって描かれたもの。その製作秘話をご紹介しましょう。

 

描かれたのは京都の花や木

2019年の夏、開業まで半年を切り、急ピッチで工事や準備が進む中、絵師・福井安紀さんはGOOD NATURE HOTEL KYOTOの客室の壁に向かい、黙々と絵を描き続けていました。

 

華やかで可憐な桜の花びらや繊細ながらも鮮やかな青もみじ。また、スイートルームなどには板に描かれた松の絵が飾られています。手描きによるあたたかみのあるタッチの花木は、宿泊されるお客さまに安らぎを感じていただくとともに、外国からお越しの方々には日本らしさも味わっていただけることでしょう。全141室すべての絵を手がけたのは、絵師・福井安紀さん。京都に来られた方々へのメッセージが、絵の中に込められています。

 

 

この絵を描くために、京都の名所を丹念に調べたという福井さん。一つひとつの絵の中には、実はアルファベットでその場所の名前がさりげなく書き加えられています。宿泊された際には、ぜひ探してみてください。

 

刷毛を自作、勢いのあるタッチで

GOOD NATURE HOTEL KYOTOの客室は全部で141室。そのすべての部屋の壁に福井さんは絵を描いていきました。部屋によって大きさもベッドや家具の配置も異なる中、それぞれの絵にはどのような工夫がなされているのでしょうか
福井:「私が絵を描く時点では、まだ部屋が出来上がっておらず、家具も入っていなければ、床も貼られていない場合もありました。ですので、図面から完成した部屋のイメージを読み取って、宿泊客が過ごす場所や窓からの光の入り方を考えながら描いていきました。例えば、この青もみじはベッドの方(左側)から見ると枝が迫ってくるように描いています。ただ、それだけでは絵に対する視線が短くなってしまうため、反対の窓側(右側)にもう1本枝を伸ばし、窓の方へ自然に視線が向かうように工夫しました」

 

また、絵の下にはソファがあり、そこに座るともみじの下にいる雰囲気が味わえるよう、八の字型になっているのもポイントなのだそう。そうした絵の構成だけでなく、描く際に用いる道具にも工夫があります。

 


 

実際に福井さんが使った刷毛を見ると、先端部分がカットされています。これは短期間に多くの部屋に絵を描くために編み出したもの。山形にカットされているのは桜を描くためのもので、斜めになった部分を壁に沿わせるように動かすと、ちょうどいいサイズの花びらになると言います。

 

福井:「これなら1回のタッチで1枚の花びらを描くことができ、計5回のタッチで桜の花を描くことができます。絵というものは時間をかけることが必ずしもいいとは限りません。細かく弱い印象になるより、エイヤッと描いた潔い線。今回はそうした覇気の良さを大切にしました」

 

 

 

他にも、もみじの葉を描くために細く尖った筆を自作するなど、さまざまな工夫を凝らしていた福井さん。たった一人で絵を描いていく作業には、苦労やプレッシャーも多くあったはずですが、制作時の様子をふり返る表情はあくまで楽しそうです。その背景には「絵師は描けば描くほど上手くなる」という信念に基づいた、ユニークなキャリアが関わっています。

 

順風満帆の中で訪れた転機

デザイナーを志すも、美術教員になるためのコースを選択した学生時代の福井さんは、ふと「人類の中で最初に絵を描いた人は、何を考えていたのだろう?」という疑問にぶつかります。「その気持ちがわかればもっと自由にデザインし、絵を描けるのではないか」と考えるうちに、人類初期の絵画の一つとして知られるラスコー洞窟の壁画に思い至ります。土と石で描かれたその絵に触発され、自然の土や石から自作した絵の具を使って描く活動を始めたのは20歳の頃でした。大学3回生の時に日本の大きな公募美術展の一つ「日展」に入選。それが自信となり、土と石で描くことに夢中になっていったと言います。

 

 

大学卒業後、建材メーカーのデザイン職を経て、「自分の中では定年と決めていた」30歳で退職し、作家業に専念。絵画製作の依頼やマンションのエントランスに絵を描くなど、さまざまな依頼をこなしました。40歳にして個展は50回以上を数え、これまでに120回もの個展を開催。そして43歳の時には兵庫県高砂市にある高砂神社の能舞台に松を描くという機会に恵まれます。「お寺の天井の龍と並び、能舞台の松は絵師や画家にとって、望んでもできない大きな仕事。」そうして着実にキャリアを積み上げていった福井さんでしたが、ある時、転機が訪れます。

 

福井:「それまでは一人で活動してきたような感じだったのですが、40歳頃になって改めて絵師や画家の友達をつくろうとした時に、専業の人がいなかったのです。多くの作家が絵に24時間向き合って生活していると思っていたので、とても意外でした。それは何がポイントなのかというと、作品でも取り組み方の問題でもなく、絵を依頼してくれるお客さんとの関係やご縁を築けているかどうかだということに気づいたのです。」

 

そこで福井さんが始めたのが「ふすま絵プロジェクト」でした。自宅や店舗の襖や壁などに絵を描いてほしい人から注文を受け付け、現地を訪れ、依頼者と相談しながら好みの絵を描き上げていくというもの。当初は福井さん一人のプロジェクトでしたが、現在は仲間の絵師たち2人と共に行っています。

 

福井:「例えばお客さんの注文が虎なら虎を描くのが得意な人、花の場合は花が得意な人が描きに行く。絵師になれる人をメンバーに加え、活動を重ねれば、絵師たちは絵を描けば描くほど上手くなりますし、そうしてお客さんとの人間関係が構築できれば絵師として生活できる人も増える。これからも仲間を増やして、プロジェクトを拡大していきたいと思っています」

 

 

この「ふすま絵プロジェクト」の経験がGOOD NATURE HOTEL KYOTOでも役立ったと話します。

福井:「先日も三重県の松阪の個人宅のふすま絵を描かさせて頂いたのですが、面白いのはお客さんがいきなり完成した絵を見るわけではないところです。描き始めや途中の段階をお客さんが見ながらイメージを膨らませて、『もっとこうしてほしい』という話になる。それを受けてその場で瞬時に絵の部分変更を決定します。それでも期日内に描き上げなければいけない。それは本当に切羽詰まった感じで、楽しくなりますよ」

 

GOOD NATURE HOTELでもやはり、試作段階でデザイナーやホテル担当者の声に応え、植物の種類や花の大きさを変えていったそう。大変そうにも思えますが、むしろこうした依頼者とのコミュニケーションや制約があることによって、絵そのものが磨かれていくのだそうです。

 

土や石、自然からできた色で描く

 

スイートルームなど一部の部屋には、福井さんの原点である「自然」を使った板絵が飾られています。松の枝の部分に使われている独特の風合いの灰色は、嵐山・渡月橋の下流で拾った砂を粉にしてニカワに混ぜてつくったもの。土や石から色を生み出す手法は、日本の伝統的な顔料の製法。それを使って描く楽しみを福井さんはこのように語ります。

 

福井:「初めは自分で見つけてきた土や石なら、色をコントロールできると思っていました。ところが同じ石でも部分的に赤くなったり黄色くなったり、気まぐれなんです。結局、わかったのは自然の色に対する主導権は自分にはないということ。色を操ることを諦めると、自然を信頼して描くしかなくなるわけです。そして、色だけではなくその土や石や砂があった土地に対しての想いが強くなる。色ではない物語、その場所へ行った理由や情景を大事にして描くようになりました」

 

 

こうした表現のあり方は、福井さんにとっての“GOOD NATURE”の解釈とも繋がっていると言います。

福井:「初めに“GOOD NATURE”というコンセプトをお聞きした時に、自然と人間がどのように関わるのかということがポイントになると感じました。既存の考えに頼らず、自然を取り込んだ「手作り感のあるおもてなし」を具体的に行うことで、自然の心地よさや素材のあたたかみが伝わると考えています。私の絵もまた、そういった自然と人との橋渡しの一部分に加われたらと思っています」

 

京都の自然から生まれた色や、花や木を描いた絵。それらがきっかけとなって、お客さまの京都での滞在がより思い出深いものとなれば、これほど嬉しいことはありません。

 

福井安紀(ふくい・さだのり)

 

1970年京都府生まれ。京都教育大学在学中に土と石を使った絵の具で描き始める。1991年日展に入選(日本画)。大学卒業後、一般企業を経て専業作家に。さまざまな依頼をこなし、2013年には高砂神社の能舞台鏡板の松を制作。これまでに開催した個展は120回を数える。また、一宿一飯のお礼に絵を描いた江戸時代の絵師のように、家屋や店舗の襖や壁面に絵を描く「ふすま絵プロジェクト」を行うなど、精力的に活動の幅を広げている。

http://tuchitoisi.web.fc2.com/

 

ふすま絵プロジェクトHP
https://fusumae.gallery-kitano.com/

GOOD NATURE JOURNAL編集部
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